華岡青洲。
華岡青洲は、江戸中期の医師で、紀伊の国平山で
華岡流外科の創始者です。
青州は、父、
〔直道。なおみち〕と共に、
「オランダ外科」を学んでいましたが、その後京都で、
「曼荼羅華。☆マンダラゲ☆」を配合の内服全身麻酔薬。
〔通仙散〕を創作しました。この
〔通仙散。つうせんさん〕を使って世界で始めて、全身麻酔に依る
乳癌摘出手術に成功した外科医と言はれています。
青洲は23歳の時に京都で医学を学び、昔、中国の
華陀〔かだ〕と言う医師が麻酔薬を使って手術を行い、多くの人々の命を救ったと言う話を聞いて、
自分も麻酔薬を勉強して其れを創り、此れまで誰にも出来なかった病気を治して、病に苦しむ人々を救えないかと、考えて
「自分は日本の華陀に成る」と3年間京都で猛勉強の末に、
紀伊国那賀郡平山に帰郷した
青洲は患者の治療に取り組む傍ら、新しい治療法の研究と薬草の採集と共に、麻酔薬の研究に打ち込む日々を送りました。麻酔薬の効果を確かめる為に、
犬を使って数多くの実験を繰り返しましたので、住まいの平山では
犬がいなくなったと言はれましたが、
動物実験に依る麻酔薬の効果を確認した
青洲は、次の
人体の実験
には誰に薬を飲ませれば良いか迷います。そんな
青洲の気持ちを察して、
母〔於継。おつぎ〕と
妻〔加恵。かえ〕は自分の身体を使って避けて通れない
人体実験を行う様にと自ら申し出ましたので、
青洲も安全な麻酔薬の実験の為に、
母〔於継〕と
妻〔加恵〕に麻酔薬を飲ませて実験を繰り返しました。
母〔於継〕は麻酔薬の完成を見る事も無く、64歳で亡くなり、実験中には、
妻〔加恵〕も麻酔薬の副作用で失明すると言う犠牲を伴いながら麻酔薬
〔通仙散〕は完成して、文化元年。
青洲は世界で初めての全身麻酔での
乳癌摘出手術に成功。
華岡青洲の名声は全国に響きました。さて、
有吉佐和子の小説で有名な「華岡青州の妻」での
妻〔加恵〕は、郷士の娘として
青州と結婚しましたが、その後、
青州は、漢方と蘭方を折衷して〔内外合一〕の
臨床外科を研究して、長年の苦心の末。全身麻酔の
〔通仙散〕を開発。成功しましたが、小説「華岡青洲の妻」に有る様に、
母〔於継〕との軋轢にも耐え、其の研究を身をもって支えたのは、
妻の〔加恵〕であり、麻酔薬の毒性を量る
親試実験
を繰り返した結果。
〔加恵〕は失明。その後、20年間を盲人として生きて、68歳で亡くなりました。
青州の弛まぬ研鑚。そして、
妻〔加恵〕の献身的な協力なくしては、この様な世界的な偉業は達成出来なかったでしょう。尚、
青洲は全身麻酔の開発と言う偉業の完成で、多くの人の命を救い天保6年76歳で生涯を終えています。画像は、
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